『学習集団をエンパワーする30の技』 (明治図書) 中嶋洋一著
ISBN4-18-718607-7 \2000
 昔から授業がうまくなりたいとずっと思ってきました。正直言って,昔から授業は下手でした。ある時先輩教員に言われて,自分の授業をテープにとって聞いてみたことがあります。「なんだ,この早口のしゃべり方は。なんだこのわかりにくい説明は」。確かに自分の授業を聞かされている生徒が気の毒になる授業でした。だから,授業がうまくて人気のある先生をいつもうらやましくおもっていました。そしてよく「うまい」と言われる先生の授業を覗いて,秘訣を探ろうとしました。いろんな本も読んでみました。その修行の結果,初任者の時代の授業より良くなったという自信があります。
 現在,授業のバージョンアップというふれこみの「達人セミナー」が中高の先生方の間で人気を集めています。私も参加して,これは効果があるなと思った「技」を紹介されました。その達人セミナーの中でも抜群の人気を誇る達人の一人が中嶋洋一さんだそうです。「中嶋マジック」と呼ぶ人もいるくらいです。残念ながら私は実物にお会いしたことがありません。
 中嶋洋一さんは富山県砺波市立出町中学校の先生です。この書評は高校の先生を対象にしているので,ほとんどの読者は,中嶋先生のお書きになった本をお読みになった経験はないでしょう。自分の高校教員時代を思いおこしてみても,中学校の先生の本を読んだことはありませんでした。まわりにいる勉強している友人もそうだした。中学校の先生がお書きになった本について,読んでもあまり参考にならないだろうとたかをくくっていたと思います。また,中学校の先生がお書きになった本が高校の先生に紹介される機会が少ないことも原因だったかもしれません。この状況は,今でもさほど変わっていないように思います。
 中学校の先生が書かれた本は高校の先生にとってあまり参考にならないものでしょうか?
 私がこの本に惹かれた最初の理由は,前書きに「英語を好きにするには,やはり教師の姿勢と学習集団を育てるという2つの要素が不可欠である」と書いてあり,同感したからです。中嶋先生は授業の「大技・小技」を超えたものを示してくれるのではないかと思いました。
 中嶋先生は「英語ギライになる授業に共通する要素」として以下の点を書いています。
●学習規律がクラスの中にできていない。
●教師の思いつきで授業が仕組まれている。
●テストなどの結果ばかり大切にされ,過程が大切にされていない。
●全て教師のペースで進められている。
●小さなミスが見逃されて,大きなミスをしたときに叱られる。
●教師の感情で授業が行われ,特定の生徒がひいきされている。
●内容を詰め込みすぎている。
●教科書の内容・文法中心で,学びや「気づき」がない。
●自己表現が単発で,やりっぱなしである。
これらをチェックポイントとして,自分の授業を振り返ってみてみると,思い当たる点があるのではないでしょうか。
 「英語が好きになる授業に共通する項目」は,
○ comfortableな集団になっている。
○ 集団の中で関わりがあり,自ら学び気づく集団になっている。
○ 違いを楽しもうという雰囲気になっている。
○ 全ての活動をビジョンを持って仕組んでいる。
○ 活動がリンクされている(読んで話す,聞いて書く,など)。
○ 自己肯定感が高まる学習活動になっている。
○ 教師がグループ・ダイナミクスを生み出す工夫をしている。
○ 教師が「できることより,変わること」を大切にしている。
○ 教師がチャレンジしたくなるようなタスクを用意している。
 そしてこの本には中嶋さんが,この全ての項目に対してどのように実践していらっしゃるが書いてあります。もちろん中学校での活動ですが,活動そのものが「集団を育てる」という視点であり,その視点は校種を選ばず有効だと考えられます。
 活動もいろいろ工夫されていますが,高校でもすぐ使えそうな活動を紹介します。「リレー・ノートで意見の拮抗を日常化する」活動です。B5サイズのノートを3分割し,細長いノートを3冊作り,それを4人の班で各班員が,順番に英語で意見を書いていく方式です。1人1ページで自分の意見を発信したら,次の生徒がそれに対して意見を書いて次の人にまわします。教師もALTも回収されたノートについて細かく間違いを添削するのではなく,Global Errorだけをなおして,読んで自分の意見を書きます。この方式で,同僚の先生が「友達と刺激しあい,助け合いながら書く力をつける」指導が可能になるそうです。そして中嶋先生は,リレーノートについての教育哲学を2つ述べていらっしゃいます。1つは意見を書くことによって,英語がカリキュラムの一部ではなくなり,自己表現に必要なツールになること。もう1つは書き続けることによって,お互いの意見をどうやって英語でリンクさせていくかまた考えを論理的にするかを学ぶようになるということだそうです。そして,その活動を停滞させずに,発展させるためには教師の普段の努力も必要であることも指摘されています。リレーノートで生徒の書くことが同じことばかりで発展しなくなったら,生徒が意見を書きたくなるような写真をノートに貼って,生徒に意見を書きやすく刺激するのですが,そのためにはそのような写真を日頃から探しておかなければならないことです。
 この本にはこのリレーノート以外でも,中学生でもできるディベート指導,など指導例が満載されています。それらの指導例に共通の哲学は,「教師が教えるのではなく,生徒に気づかせよう」としている点です。
 発表されるすぐれた指導は往々にして,生徒の学力レベルが始めから高い学校で生み出され報告されることがあります。しかし,中嶋先生の場合はふつうの公立中学校での実践です。また,中嶋先生がこの本の「おわりに」で,「なにより感謝したいのは,荒れた学校で,私に授業とは何かを真剣に考えるきっかけをつくってくれた子どもたちです。<中略>本当のワルなんていません。みんなわかりたいのです。わかってほしいのです。授業に出てほしい,どうしたら出てくれるだろうか。彼らを何とか少しでもわからせるようにしてあげたい。頭をひねって工夫するしかありませんでした」と書いていらっしゃいますように,この本の実践および哲学が全て,そのような生徒との関わりで生まれたきたことに私は敬意を表したいと思います。またそれだからこそ,中嶋先生の実践が全国で歓迎されているのだと思います。